想定外に早い別れ。
2012年 01月 12日
まさかこんな日が来るとは。久しぶりに書くブログの内容がこんな話とは。
11日、薬石効なく、わが最愛の友であり、息子であるファビオが永眠した。
1月20日で3歳の誕生日を迎える目前だった。
自宅で仕事をしている私にとっては、ベッドで寝る時以外ずっと一緒、夫よりも長い時間を共にした3年弱だった。何処に行くにもついてきて、私が外出すると玄関で健気に待ち、帰宅すると激しくしっぽを振って出迎えてくれる。本当に幸福だった。ファビオを通じて近所つき合いもできたし、豊かな時間をありがとう。
以下、だらだらとファビオの病気のお話。
10月末から、お腹に水が溜まりはじめ、病院で「低タンパク血症」と言われた。腸からタンパク質が吸収できなくなり、浸透圧を保とうとして、お腹に水が漏れ出てしまう病気。ステロイドや免疫抑制剤他、沢山の薬を飲ますように言われ、飲ませば飲ますほど悪化した。食欲がなく、少量の水でもゲーゲー吐いた。何日かに一度はお腹に針を刺し腹水を抜いた。10日ほどして、吐いたものの中に血が混じっていたこと、いつもの病院が定休日だったことから、意を決して別の病院を探した。いつも通っていたのは歩いて2分くらい、新しい病院は電車で乗り継いで4駅。今思えばあの時、新しい病院に変えてなかったらあれから数日しか持たなかっただろう。
どうやら前の病院では体重に見合わない強い薬を大量投与しており、身体全体が悪化していた。前の先生は経験も乏しく、効果のある治療を施していたわけではなかったことが、比較することで明確だった。腸から吸収できないのに、薬を飲ませても効かない。効かないから薬の量が増える。
新しいところでは注射で治療することになった。毎朝、ファビオをバッグに入れて通った。利尿剤で腹水を体外に出させるため、帰りはテクテクと歩いて帰ってきたこともある。いつもの散歩コース+ちょっとの距離(45分)くらい。ファビオが疲れたらバッグに入れて。ときどき外に出しておしっこさせて。新しい先生は定休日でも見てくれた。診療時間外でも、留守電に入れておけば折り返してくれる。11月12月は毎日通って、12月末には2~3日に1回でよいくらいになってきた。毎週の血液検査の数値はほんのわずかずつしか上がってないけど、ものすごく元気だった。ネットでいろいろ調べたけど、長い付き合いになる病気だと知った。でも生きていてくれればそれでいい。
1月になってからも、ときどきゼエゼエ言って変な咳をすることはあったけど、割と楽観していた。10日も夕方まで普通に元気で、私は一人で落語会に行って、夜9時半頃帰ってきた。0時頃から、ゼエゼエゼエと激しい息をして、ケホンと咳をする。一晩中止まらなかったので、ファビオはもちろん寝れなかっただろうけど、私も気になって寝れなかった。翌朝、診療開始より15分早く病院に着き、シャッターが開くのを待った。レントゲンを撮ったら、急性肺炎を起こしてることがわかった。いつもお腹に漏れ出ている水が、肺の方に出ている。そして心臓が肥大してるのが気になる、という話だった。注射をして、咳ももうじき止まると聞いて安心して帰宅。あのとき私を含め、病院の誰もが危ない状態とは思っていなかっただろう。「調子が悪かったら明日また病院行こうね。」
まさかその数時間後に息絶えてしまうなんてね。
親バカ承知の上で、超甘えん坊で、ずる賢くて、あんまり可愛かったから神様がつれていってしまったんだろうか。もしそうなら神様憎む。
# by enyoohaku | 2012-01-12 17:55 | 犬
叔母はみんなに「自慢の甥が、今日は来られなくて残念〜。ほんとに美男子で自慢の甥なのよ〜!みんなに見せびらかしたかったのに。でも奥さんも素敵でしょう!」と言うので、恐縮しきり、ペコペコしてほんとに嫁しか来なくてスイマセン、って思った。(嫁註:美男子=おばさん受けのいい古い顔の意)

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